幸福学の道へ

それでそのあとはどうされたんですか?

もう分かっちゃったわけです。生きていても、死んでいても同じなわけですよ。要するに「無」なんですよね。

ただそうやって私は悟ったのに学生は相変わらずロボットアーム作りたいとか言っているので、そんな理工学部にいることに違和感を覚えていました。それはそうですよね、一番知りたいことが分かっちゃったんですから。

それで、どうしたものか、と思っていた時に、ちょうどこの大学院(システムデザイン・マネジメント研究科(*2))ができる話が出たんです。

これまた絶妙なタイミングですね。

そうなんですよ。そしてこの頃、技術者倫理教育というのをやっていました。このあとにつながっていくのですが「心は何なのか?」というのは哲学で、「科学技術者はどうあるべきか?」とうのは倫理なわけです。

私は「心は何なのか?」というのが分かって、すべての問題が解決されたと思っていたけれど、では「どう生きるべきか?」という問題は、全く解決されていないんですよね。

人間の心は「無」だから何やってもいいけど、じゃあ全員撃ち殺してもいいのか?と。この大問題がまだ残っていたと気づいたんですよ。

幸福学って倫理学の一種なんです。
倫理学というと、例えば賄賂とか汚職などのようなネガティブなことを思い起こしがちですけど、どう幸せに生きるべきかというのも倫理なんですよね。で、この新しくできる大学院ならば新しい研究をできると直感しました。

次の転機がやってきましたね。
そこで幸福学にたどり着いたんですね。

ほんと、キヤノンから大学に移ったときと同じくらい絶妙で衝撃的な転機でした。

 

「自分のやりたいこと」と「周りで流れているもの」と完全に合いましたね。

まあ、僕が思っていることは時代がそう思っているということだと思うんですよ。自分なんてないわけですから。

キヤノンに行って、理工学部に行って、この大学院に来るっていう、何か使命のような流れというか。別に不思議なことではないですね。いま思うと必然に思えますが、そのときはまだ達観はしていなかったかな。

「心とは何か?」も自分が知りたいことを追求するという意味では利己的な部分は大きかったのですね。
そこから今の前野さんのように利他的に変わっていくのにはどんなきっかけがあったのでしょうか?

理工学部のときは、私がそうだったように学生も「俺、世界一になりたいから、先生の知恵を全部預けてくれ」みたいな名誉欲や自分の興味関心のあるものを追究するような学生がたくさんいました。

ところが幸福学になると、
「わたし、世界を幸せにしたいんです」という優しい女子学生や男子学生が集まってくるんですよ。

私が幸福学を究めて第一人者になってやるぞっていう調子でやろうとしていたのに、世の中をよくしたい人が周りに増えて、地域活性化の研究とか、より良い経営の研究とかを始めるんですよね。

ようやく気づいた
自分の幸せ

今までとはまるで違う雰囲気みたいですね。

そうやって徐々に自分の中で変化が進み、そしてあるとき一つの転機がやってきました。それが「カレンダー○×法」というものです。

一日が終わって良い日だったなと思ったらカレンダーに「○」をつけて、ダメな日だったなと思ったら「×」をつけるという簡単なものなんですけど、それを研究したいという学生が現れました。最初私は「そんなの役に立つのかよ」って言っていたのですが、それが…。

私は研究者だから新しいことを発見したり、思いついたりした日が良い日だとずっと思っていたんですよ。自分の心なんて、分かっているよと。

ところがやってみるとカレンダーに○がつく日は、新しい人と出会って、幸せについての会話とかしたときなんですよね。

人との会話なんて俺は別に好きじゃない、なんて言っていたけれど、○がつく日は全部人と会った日だったんです。

人と会って、人と交流してよりよい社会を創ろうとしていることが幸せだったことに気づきました。心の研究をして、幸せの研究もしているのに自分の幸せに気づいてないなんて…。
40数年生きてきてようやく気づきましたよ。

 

カレンダー○×法は大きかったですね。

そうですね、心は「無」だということが分かって人生何をしたっていいじゃんと思うようになり、そして倫理教育をやり始め、だったら社会をよくするために生きたい、となりました。

そして、カレンダー○×法で、俺は幸せの研究をして第一人者になるより、幸せな社会を創りたいんだなと思うようになりました。そこが一番大きい転機でしたね。

これに気づいたのは今からほんの3〜4年前のことですけど、ある講演会で「僕は世界を幸せにしたいんです」と言っちゃったんです。

学者は社会活動家ではないですから、世界を幸せにしたいなんて言うのは恥ずかしいし、御法度なんです。

それまでは「幸せの研究をして、人々の幸せについて明らかにしたいんです」と言っていたのですけど、でもそのとき涙が出そうになりながら言っちゃったんです。

そしたら会場がうわーって盛り上がって、それを見て「これが俺がやりたかったことじゃないか!」と気づきました。そのころはフェイスブックの友達が200人くらいだったんですけど、それから一気に2,000人になりました。

ものすごい響き合いが起こったのですね。

そうそう、響き合いです。
それ以来いつも言うようになりました。それに気づいてからは人生が今まで以上に楽しいですね。強烈に。

学生にも「お前を幸せにしたいんだ!」と言う。そうしたら研究が進むんですよ(笑)。

それから、なぜかCTIの人達と出会うようになりましたよ(笑)。ほかにも本当に世の中を良くしたいと思ってNPOや地域活性化の活動をしている方など、共感する人たちとどんどんつながるようになりました。

毎日、すごいと思う人に出会っています。

開いて手放した先へ

そしてそのタイミングで再会したのが山田博さん(*3)です。博さんが森に入る活動(森のリトリート)をされていて、それに参加したことが、さらに自分を開いて手放すことになっていきました。

 

自分を開いて手放すですか?

「世界を幸せにしたい」ということを気づきながらも、まだ結果を求めすぎたり、得意な戦略や計画を考えすぎてしまうことがあったんです。

でも、森に入ってみて、そういったこともすべて手放したほうがいいんだって思えたんです。思えたというか、体感したんです。

そして森の中にいるときに、「自分が世界の一部であること以上に何を望む必要があるだろうか」という言葉が浮かんできました。

物理的に考えてみると、世界の分子がたまたま生物になって、それが進化して人間になって、たまたま私という人間が現れた。それはほんの世界の一部だけど、欠かすことのできない一部ですよね。

世界の一部であることの喜びを森に入って実感しました。自分は世界の一部である、というだけで充分ですよね、ほんと…。

本当に幸せそうな表情をされていますね。
前野さんのこの先はどうなるのでしょうか?

まだ幸せな社会にはなっていないので、その実現に動いていくのでしょうね。キヤノンのときにやりたいことの限界を感じて次の道が開き、理工学部の教授としてやることの限界を感じて次の道が開けた。

約10年ごとに転機が訪れてきましたから、そろそろまた転機が訪れるのかもしれませんね。何かをちゃんと本気でやっていると転機は自然と訪れるのだと思います。

どうせ一度しかない今の人生ですから、開いていたほうがいいですよね。そうすれば成長し続けられますから。

インタビューを振り返って

人と人とが響き合う

経験したこと、感じたことはすべて必要なことであり、響きに沿って生きていると人と人とが響き合う瞬間に出会うということを教えてくれました。

「私は世界を幸せにしたいんです。」

前野さんからその言葉が紡ぎだされたとき、聞いていた人たちが大きく共鳴をしました。それはその言葉とともに前野さんの願いが世界に届き、誰のなかにもある願いを呼び覚ました瞬間で、まさに響き合う社会が実現されていました。

あなたと世界とがつながる願いは何だと思いますか?

 

響きから生きる人たち インタビュー
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*2. システムデザイン・マネジメント研究科
http://www.sdm.keio.ac.jp/

*3. 山田博
プロコーチ、CTIジャパントレーナー

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