慶應義塾大学大学院教授 前野 隆司さん

1962年山口県生まれ。
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授。

東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、キヤノン入社。
カリフォルニア大学バークレー校Visiting Industrial Fellow、慶應義塾大学理工学部専任講師、同助教授、同教授を経て2008年より現職。
『幸せのメカニズム―実践・幸福学入門』、『無意識の整え方』など書著多数。

学び合うことの
楽しさを知る

もともとはキヤノン株式会社のエンジニアでいらっしゃったのですよね。なぜそのお仕事を選んだのですか?

大学を選ぶ時点で数学と理科が得意だったので理系に進みました。そして機械工学や物理学などがあった中で、社会と接していたいという想いから工学部を選びました。

いま思えばそのときは自分の「やりたいこと」というよりも「得意なこと」から学問や仕事を選んでいましたね。

 

そのころから社会と接したいという想いがあったのですね。

ありましたね。
当時、日本には物が十分にありませんでしたから、エンジニアがものを発明してそれで日本を豊かにする、物の豊かさを作り上げるんだという思いがあり、就職もメーカーのキヤノンを選びました。

ただ今とは違っていて、そうやって社会に貢献した結果として偉くなりたいとか、自分の専門性を高めて有名になりたいという利己的な思いがありましたよ。

キヤノンに入って社長になるという名誉欲で頑張ろうとしていましたから(笑)。

 

そうですか。いまの前野さんからは想像できませんね。

私は小さいころから暗い子供で周りの人との付き合いが苦手でした。なのに自信過剰で、学生時代も「絶対に一流になる」って公言していました。いまよりとんがっていましたね(笑)。

そこからどんな転機があったのでしょうか?

最初の転機は留学ですね。
会社に留学制度がありましてUCバークレーに2年間行かせてもらったんです。僕が29歳のときですね。

留学した最初の日に教授から「一番優秀な学生は先生に何も聞かない学生。二番目に優秀なのはちょっと聞いて理解する。ダメなのはいつまでも聞く学生。だから君は優秀な学生を目指してくれ」と言われたんですよ。

そのときまだ素直だったから「そうか!!」と思って「よしっ、何も聞かずにやろう」と決めましたね(笑)。

そうすると学生同士で切磋琢磨するんです。

学び合う関係ですね。

そう、世界中の優秀な人たちが集まるところですから、その仲間と情報交換したり、装置の使い方は先輩から教えてもらったりしていました。

そうやって横に世界的なつながりができるんですよ。
これがすごく刺激的で面白かったんです。日本でも切磋琢磨という言葉がありますが、西洋のやり方ってオープンじゃないですか。対話をしてとことんベストを尽くす。

日本のちょっと封建的なものとは違いましたね。
それがめちゃくちゃ面白かったんです。もちろん先生に質問しますけど、「こうやってみたけどどう思う?」みたいなことくらいしか先生には聞きませんでした。

それまでほんとに自分のことしか興味がなくて、子供のころから人間関係が苦手だった自分が、ようやく人とつながる楽しさを知り、学び合うことの面白さを知り、人間が好きになったんです。それが一つの大きな転機でした。

やりたいことは
ちょうど良いタイミングで訪れる

留学で大きな刺激を受けて、日本に帰ってきてからはどうされたのですか?

もちろん、会社には御恩があるので一生懸命働いていました。しかしバークレーで経験した「教えて学んで伸びていく」というような教育が日本には全然足りませんでしたので、「何らかの形で教育に関わりたい」と思う気持ちが続いていました。

そんなときにちょうど慶応義塾大学の講師募集の記事が目に留まったんです。それを見たのは30歳過ぎのころ。

20〜30年後に社長になれるかもしれないし、なれないかもしれないキヤノンに残るのか、やりたい研究ができて、学生たちと学び合うこともできる大学教授の道に進むのかを天秤にかけたときに、あっさり「ぽーん」と大学教授のほうに傾いちゃったんですよね。それで受けてみたら受かっちゃいました。

ちょうどいいタイミングでやりたいことが実現できるものが目の前に現れたのですね。

結果から見るとそうですが、そのとき直感的にやりたいと思うことを選んだだけです。まあ、キヤノンに残っていれば社長になっていたと今でも思っていますけど(笑)。

それで、キヤノンから慶義塾応大学の理工学部機械工学科に転職しましたが、最初は講師として学生と一緒になって研究をしていました。

始めはカルチャーショックも多かったですね。そのときの先生がとても厳しい人で、研究したものを提出しても、ことごとく「×」って書かれて「再勉強必要」って言われていました。

私は学生時代も会社員時代も研究は得意でしたのでこれはかなりへこみましたよ。

ただ、いま思うとそれがあるから今の僕があると思えます。
「くそーっ!」と思って死ぬほど頑張りましたから。

一般に、転職の時っていろんなものが変わるのですごくきついと思いますが、私は、必死でやればなんとかなるという気概がありました。

人に勝つとか、名誉欲とかそんなもので乗り越えましたね。
それで一年目の研究が日本機械学会論文賞を取りました。

 

ある意味で、自分の利己的な想いをエネルギーに変えていたのですね。

そうです、そうです。それが良かったのだと思います。 ただ利己的では幸せになれないですけどね(笑)。

それは後になってから分かりますね(笑)。

我々の最近の研究によると、人間は20代が一番利己的なんですよ。年齢とともに利他の心が増えていくんですよね。

つまり、人間は、20代くらいのときに自分のために頑張るようにできているのだと思います。そこで勝ったり負けたりして、人間が丸くなってきて、利他に目覚めていく。

幸運なことに私はその道をちゃんと歩みましたね。

最も興味のある
「心」に近づいていく

理工学部機械工学科では、ロボットの研究をされていましたが、その後、どうやって「心」の研究に移っていったのでしょうか?

もともとロボットに興味があったのは、心に関心があったからなんです。

ロボットの手の動きなどはいずれできるようになっていって、そのあとコミュニケーションロボットなどの心の部分に近づいていくだろうと予測していました。

戦略ですね。僕は戦略家なんです。
キヤノンのころは社長になるためにはこうするとか、ドクターになるためにはこうするとか細かいところまで考え尽くすのは得意でした。それで目標が決まったらしつこいぐらい粘り強くやるのも得意でしたね。

そうやって戦略的に心への道筋を描いていたと同時に、前野さん自身の心も何かそこに惹かれていたというのはあったのでしょうか?

本当のこと言うとそうですね。それまでの打ち勝っていく自分と、本当になりたい自分とは実は完全に分かれていました。
その矛盾は認識していたんですよね。

子供のころ暗い性格だと言いましたが、「そもそもなぜ自分はここに存在しているのだろう?」と考える子供でした。

「自分しか自分じゃない」という孤独感や「死んだらどうなっちゃうんだろう」という恐れがすごくありました。そんな哲学的なことを考えていたものでした。

大人になってからも「自分はなぜここに生まれたのだろう」、「そもそも心とは何だろう?」みたいな心の哲学に興味があり、趣味で読書するなどはしていました。

ロボットの分野でトップになってやろうと思っていましたが、研究テーマは、徐々に、得意なことから、やりたいことに変わって行っていましたね。

 

最も興味のあるところにいよいよ近づくわけですね。

心はねぇ…。知りたいですよね。
指はどう動くのかは分かるじゃないですか、でも心ってどうやって嬉しいとか幸せとか悩むとかするのかはほとんど解明されていないですよね。

その子供のころから持っていた疑問に大人になってだんだんと近づいてきた感じです。

話している前野さんの表情もなんだか嬉しそうですね。

そうですか(笑)。でも一番知りたいことにたどり着いて、あとはどうでもよかったです。そのころは名誉欲も満たされていたし。学生はロボットアームを作っていましたけど、私は心のことをずっと考えていました。5年以上は考えていましたね。

それで「脳はなぜ『心』を作ったのか(*1)」という本を出したのが大学に来て9年目の2004年。

やっと一つの答えが出ました。脳科学やロボティクスと哲学を混ぜたようなものですが、要するに「心は幻想である」ということが分かりました。

それを解き明かすことができて、そのときはすごくすっきりしたんですよ。人生でやるべきことは全てやり遂げてもうやることがなくなったみたいな。

これが悟りだなと感じ、ものすごく幸せを感じることができました。幸せの天井ってこんな感じだと。生きているのは、死んでいるのと大差がないのが分かっちゃったんで、人間の秘密が分かっちゃったと。

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*1. 脳はなぜ『心』を作ったのか
「私」の謎を解く受動意識仮説 (ちくま文庫)

意識とは何か。意識はなぜあるのか。死んだら「心」はどうなるのか。動物は心を持つのか。ロボットの心を作ることはできるのか―子どもの頃からの疑問を持ち続けた著者は、科学者になってその謎を解明した。「人の『意識』とは、心の中でコントロールするものではなく、『無意識』がやったことを後で把握するための装置にすぎない。」この「受動意識仮説」が正しいとすれば、将来ロボットも心を持てるのではないか?という夢の広がる本。

http://www.amazon.co.jp/dp/4480427767/

 
響きから生きる人たち インタビュー

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